卵胞刺激ホルモン

私はついに閉経を迎えたようだ!
そう考える根拠について書いてみたい。
令和2年12月の中旬はエストロゲンが280あったが、12月下旬の生理になる直前に20以下になってしまった。
そして今年(令和3年)の1月中旬に2週間以上だらだらと続いていた生理が終わった。
その後生理には一度もなっていない。リュープリンも打っていないのに、もう5月になるのに。
かかりつけの婦人科の先生に報告に行き、再び血液検査をしてもらった。卵胞刺激ホルモンが36、エストロゲンが20以下だった。
卵胞刺激ホルモンは今までいつも5~6だった。二桁になることなど一度もなかった。
卵胞刺激ホルモンの値を聞いて、ああついに閉経したんだ、と思った。
嬉しいことに仰向けに寝ても筋腫を感じることが少なくなり、気にならなくなった!
現在60歳と8か月である。長い道のりだった・・・

変形性膝関節症のその後

令和元年(2019年)9月に骨挫傷、その後骨壊死になってから、もうすぐ2年になる。
その後、膝関節症が悪化して、痛みが持続して消えない。足の動きはだんだんと悪くなっている。
今年の3月にレントゲンを撮ってもらった時には、足の膝の骨と骨の間はほとんど空間がなかった。
その状態は第3期で、将来的に人工関節も考えてくださいと言われた。
正座したり走ったりはできないが、まだまだ自分の力で歩こうと思う。

あれは最終の生理?

2020年12月31日に生理になってから、その後生理は来ない。
リュープリンはもちろん打っていない。あれは人生最後の生理だったのだろうか?
約三か月が経ったが生理になる兆しはない。しかしあおむけに寝た時はしこりを感じる。
先月婦人科に行った時、先生から当分の間様子を見てくださいと言われた。
子宮体癌の心配があるので、これからも定期的に診てもらわなければいけない。

生理期間が約3週間

12月31日に生理になってから終わるまで約3週間かかった。
主治医の先生に相談して生理が始まってからはディナゲストを中断した。
筋腫はリュープリンを打っている時はとても小さくなっていたので、おなかの上から触ってもどこにあるのかわからなかった。今は膨満感はないけれど、確実にお腹の上から大きな筋腫に触れる。
リュープリンを打たない私の筋腫はこれからどうなっていくのだろう?
また生理になるなら、お腹が張って苦しくなるだろう。


まさかの生理?

結局、長くお世話になった病院でディナゲストを1日2錠のんだ。
12月下旬にもう一度エストラジオールの値を調べると、20以下になっているよ、と言われた。
これはディナゲスト(黄体ホルモン)の影響なのか?2週間ほど前はエストラジオールは280だった。
筋腫は大きいままだったが、圧迫感はなくなっていた。
先生は続けて薬を飲むようにと言われた。
圧迫感がなくなったのは本当に嬉しかった。
その後大晦日に生理になった。不正出血ではないように感じる。今日も生理は続いている。
とりあえず先生に報告して、先生の考えをお聞きしよう。

セカンドオピニオン

セカンドオピニオンは本当にいきづらいものだ。以前に嫌な思いを何度かしたことがある。
今回は一度も行ったことのない婦人科に行った。ほっとしたことは先生が嫌がらずに聞いてくれたことだ。
先生は60歳を超えても生理のある人はいるよ、と言ってくれた。
ディナゲストは効果があるけれど、リュープリンを終えてから筋腫が大きくなる前に飲まないと意味がないと言われた。
60歳を超えてもホルモン療法は可能ですよ、と言ってくれてほっとした。

黄体ホルモン(ディナゲスト)

長い間お世話になっている先生に、私の体調をお話した後、血液検査をされた。
その結果はエストラジオールが280だった。
内診もしてもらったのだが、先生は60歳になった私にリュープリンをすることに難色を示された。
以前飲んだことのあるディナゲストを処方するので、様子をみてほしいと言われた。
私がリュープリンをお願いしても聞き入れてもらえなかった。
とりあえずディナゲストを飲むことになった。
私はセカンドオピニオンを聞こうと思って別の婦人科を訪れることにした。

女性ホルモン復活?

あれから一週間もたたないうちに、筋腫がめきめきと大きくなってしまった。(涙)
おなかの中は全部筋腫で埋まってしまったように感じる。(涙)
筋腫だけでなくおりものも復活した。(涙)
以前のように胸は張ってこないので生理にはならないかもしれない。
生理にならずに筋腫だけが大きいままなのもとても辛い。
とりあえず病院に行ってみよう。

60歳還暦②

リュープリンの6回目を打ってもらってから半年が過ぎた。
お腹はまだ張ってこない。いよいよ閉経をしたのだろうか?
心配なのは、朝方だけは尿がたまっている状態だと、はっきりとおなかの上から筋腫をふれることだ。
最近まではそのようなことはなかった。もしかしてこれから大きくなってくるのか?
何事もありませんように・・・

60歳還暦①

先月、60歳になり還暦になった。
5月にリュープリンの6回目を打ってもらってから、5か月が過ぎた。
未だに生理が来そうにないし、筋腫も大きくなっていない。

今回は本当に閉経したのだろうか?
今まで毎回同じことを思ってきて、また生理が再開していた。
直近の生理は令和元年12月で59歳だった。
その時に、リュープリンの1回目を打ってもらった。

60歳を過ぎて出血があると生理ではなく、不正出血の可能性があるそうだ。
今後は子宮体癌の心配もすることになりそうだ。

お盆の蝉

前回の続き話になるが、あれから何日たっただろうか?
自宅の庭の駐車場と自転車置き場の間の空間に蝉が一匹死んでいた。
立派な大きさの蝉でとてもきれいな姿だった。
父がやはり家にきてくれたんだと思った。
その蝉を庭の畑に埋めて「来年も来てね」とお祈りをした。

初盆

父が昨年11月に亡くなり今年初盆の法要を行った。父が大好きだったスイカをお供えした。

昨日(8月14日)の夜中近くに、玄関前で虫のなく声とその虫が玄関をドンドンたたく音が聞こえた。
実際に虫が玄関をたたくはずはない。それは玄関に何度も体当たりをしている音だった。
「何の虫だろう?もしかしてお父ちゃん?」と嬉しくなった。
まるで「お父ちゃんやで、帰って来たで」と言っているように聞こえた。
でも真夜中に玄関を開ける勇気はなかったので、しばらくしてから二階の自分の部屋に戻った。
ベランダのところで、またその虫のなく声と窓ガラスをたたく音がする。
そっと近づいてみた。蝉だった。その蝉は静かに声も立てずに長い間そこにいてくれた。
「お父ちゃん、帰ってきてくれたのね。ありがとう。来年も帰ってきてね」と声をかけた。
私が見つめている間は動くことなくじっとそこにいてくれた。

まるで本当に父の魂が蝉に宿っていたような気がする。一年後ではなく頻繁に戻ってきてほしい。

膝骨壊死

昨年の9月にテニスを半年ぶりに再開した時に、左ひざがガクッとなって痛みが続いた。
最初は骨挫傷、その後骨壊死だと言われた。
今月2回目のMRIを撮った。前回と比べてかなり良くなっていて、もう治療する必要はないと言われた。
しかし、自分としてはまだ左ひざの痛みがあり、ジョギングどころか、正座もできない。
しかも同僚にびっこをひいているよ、と言われた。
先生は画像上では問題ないのでまた悪くなったら来てください、と言われた。
「まだ痛みがあるのですが」と私が言うと、先生は筋肉をつけなければならないのでよく歩いてくださいと言われた。
とりあえずホッとした。

薬剤性肺炎③

H総合病院でコロナ感染を疑われての入院となった。初日は39度まで熱が出た。
そして血液中の酸素飽和度は70だった。
コロナとマイコプラズマとインフルエンザの検査をした。すべて陰性だった。
H病院で、K先生に今飲んでいるすべての薬、サプリや漢方薬の名前をたずねられた。
私が飲んでいる漢方薬の名前をだすと、「その漢方薬が原因の可能性が高いですね。」と言われた。

私は子宮筋腫の開腹手術をして以来、便秘を防ぐために酸化マグネシウムを飲んできた。
婦人科では長い間桂枝茯苓丸を飲んでいたので漢方薬は安全だと思っていた。
それで昨年内科で便秘に効く漢方薬を処方してもらっていた。

その漢方薬は 防風通聖散で、「オウゴン」や「カンゾウ」という生薬を含んでいる。
たまたま私の体には合わずにアレルギー反応を起こしてしまったのだ。
副作用の頻度は大変稀だそうだがその中の1人になってしまった。

飲み始めたのが令和元年10月頃だ。12月に肺炎になりその後やめていたが、また2月ごろから飲み始めていた。
入院した時は、コロナのPCR検査を受けることができる人は稀だったそうだ。
保健所に申し出ても電話がつながらないことのほうが多く、私がPCR検査を受けられたことに同僚が驚いていた。

令和2年7月にH病院で再診し、漢方薬は飲んでいないことを確認された。
レントゲンも正常で肺炎も完治していた。
K先生から、「これから受診する病院では、防風通聖散を飲んで肺炎になったことを言うように」と言われた。
原因を見つけ出してくれたK先生にはとても感謝している。
そうでなければ、また飲み続けて肺炎になっていたことだろう。恐ろしいことだ・・・

薬剤性肺炎②

N総合病院で心臓と肝臓のエコー検査をして異常なしだった。心臓の大きさも正常だった。ほっとした。
レントゲン検査をして、呼吸器内科に回された。CT検査を受けて抗生物質を処方された。
間質性肺炎かもしれないと言われた。初めて聞く病名だったのでピンとこなかった。
N総合病院では、処方された薬だけを飲むように指示されたので漢方薬は飲むのをやめた。
だから治ったのである。そのことはその時はわからなかった。
日ごとに回復し、最終的には非定型肺炎という診断だった。

ところが今年の3月にまた熱が出た。前回と同じ症状である。嫌な予感がした。
今度は呼吸器を専門にしているクリニックに言った。
はじめは「風邪でしょう」と言われたが、日ごとにひどくなった。
2回目の受診でレントゲンを撮って抗生物質を処方された。それでも熱が出て悪化し続けた。

ちょうど最初のコロナの非常事態宣言がでる直前だった。時期が悪かった。
3回目の受診でCT検査をした。
医者から「抗生物質が効かないのはおかしい。大きな病院に入院するように」と告げられた。
この時の私の血液中の酸素飽和度は87だった。
医者はコロナ感染を疑っていた。仕方がないことだろう。

薬剤性肺炎①

私は昨年の12月(令和元年)と今年3月(令和2年)に肺炎になった。
前月(11月)に父が他界していたので、肺炎は父が亡くなったことのストレスや葬儀後の疲れからだと思っていた。
実際は薬の副作用だったことが分かった。それも漢方薬の副作用である。

12月は風邪をこじらせたのだと思っていた。咳もひどかった。
いきつけの内科でレントゲンを撮ってもらったが、肺炎ではないと言われた。

しかし症状は悪化したので、別の内科でレントゲンを撮ってもらった。やはり肺炎ではないと言われた。
そこの内科の先生はレントゲンをみて私の心臓が大きいと言われた。私はその言葉がとてもひっかかった。
心臓が大きい人は心臓に負担がかかって心臓が伸びている。脈拍も100を超えていた。
それでも風邪だろうということで、解熱剤と咳止めをもらった。
呼吸は苦しいし、体全体がだるいし、本当に大丈夫なのかと疑問だった。
私は自己判断で肺炎ではなく心不全かもしれないと思った。

今度は循環器を専門にしている内科で見てもらった。
一人でなんとかタクシーで行ったが、フラフラで倒れそうだった。
先生は心電図をとってから血液検査をしましょう、と言われた。
そして血液検査の結果が異常値だと言われた。
血液中の酸素飽和度は90で、私の年齢にしては少なすぎると言われた。
すぐに総合病院で精密検査をしてもらうように言われた。
38度の熱が続いていて、肝機能も異常値だった。
立って歩くのがやっとだったので、救急車で運ばれて入院させてほしい心境だった。

いつまで続く偽閉経療法

またリュープリンのワンクールが終了しました。これから半年どうなっていくのか経過を見ます。

今まで何度かリュープリンを打ちましたが、あまり副作用もなく、体調は打った時の方が良かったです。

今回は副作用かもしれないなあと思うことがあります。それは膝の痛みと歯のかみ合わせの不調です。
リュープリンを打ってなくてもそれらの症状が出たかもしれないので本当のところはわかりません。
膝の痛みは今年の最初から、歯のかみ合わせの不調は先月からです。

厄年でもあるし不安な日々を過ごすことになりそうです・・・


膝骨壊死

昨年9月に半年ぶりにテニスをしていて左足の膝を挫いてしまった。
痛みが出て整形外科で見てもらってレントゲンをとり、MRIを撮って骨挫傷だと診断された。
水を抜いてもらって2~3回ステロイドやヒアルロン酸の注射をしてもらって治るのかと思っていた。
なかなか治らず先生から「しつこいねえ」と言われた。私もここまで長引くとは思っていなかった。
先日診察に行ったら「骨挫傷ではなくて骨壊死ですね」と言われてショックだった。
先生は治る人が多くて、ひどくなる人が少なからずいると言われた。
その場合は人工関節になるらしい⤵

今年は還暦の歳

2020年、私は還暦になる。
定年退職の歳になり、長年勤めてきた仕事も終わりになる。
この年でまだリュープリンを継続中である。
リュープリンをしている間は女性ホルモンが20以下になる。
リュープリンをやめて4~5か月くらいすると150~300くらいになる。
主治医の先生によると私みたいな人は初めてだそうだ。
もう祈るような心境である。


60歳目前のリュープリン

リュープリン6回目を終えてから5か月ほどたって、また筋腫が大きくなりお腹が張ってしまった。
昨年の12月のことである。足もむくみ、かなりひどくなった。利尿剤を飲んで体が楽になったが、とてもうんざりした。
肺炎を併発していたことはその時は気づいていなかった。
私はもともと生理前は便秘になったり、尿の出が悪くなり、体がむくむ体質だった。

リュープリンを打ってもらい、生理にもなり、体はとても楽になった。
先生は、もっと前に手術をしてさっさと取っておけばよかったなあ、と言われた。
ほんとうにその通りだと思う・・・