膝骨壊死

昨年の9月にテニスを半年ぶりに再開した時に、左ひざがガクッとなって痛みが続いた。
骨挫傷から骨壊死だと言われた。
今月2回目のMRIを撮った。前回と比べてかなり良くなっていると言われた。
もう特に治療する必要はないとまで言われた。
しかし、自分としてはまだ左ひざの痛みがあり、ジョギングどころか、正座もできない。
しかも同僚にびっこをひいているよ、と言われた。
先生は画像上では問題ないのでまた悪くなったら来てください、と言われた。
嬉しいことだが、どうして膝は痛むのだろう・・・

肺炎③

A総合病院での初日は39度まで熱が出た。
コロナとマイコプラズマとインフルエンザの検査をした。すべて陰性だった。
A病院で、K先生に今飲んでいるすべての薬、サプリや漢方薬の名前をたずねられた。
私が飲んでいる漢方薬の名前をだすと、「その漢方薬が原因の可能性が高いですね。」と言われた。

私は子宮筋腫の開腹手術をして以来、便秘を防ぐために酸化マグネシウムを飲んできた。
漢方薬の方が効き目が穏やかで安心だと思って、昨年便秘に効く漢方薬を内科で処方してもらった。

その漢方薬は「オウゴン」や「カンゾウ」という生薬を含んでいる。
たまたま私の体には合わずにアレルギー反応を起こしてしまったのだろう。
副作用の頻度は大変稀だそうだがその中の1人になってしまった。

確かにそうである。飲み始めたのが令和元年10月頃だ。
12月に肺炎になりその後やめていたが、また2月ごろから飲み始めていた。

令和2年7月にA病院で再診し、漢方薬は飲んでいないことを確認された。
レントゲンも正常で肺炎も完治していた。
K先生から、「これから受診する病院では、その漢方薬を飲んで肺炎になったことを言うように」と言われた。
原因を見つけ出してくれたK先生にはとても感謝している。
そうでなければ、また飲み続けて肺炎になっていたことだろう。恐ろしいことだ・・・

肺炎②

B総合病院で心臓と肝臓のエコー検査をして異常なしだった。心臓の大きさも正常だった。ほっとした。
レントゲン検査をして、呼吸器内科に回された。CT検査を受けて抗生物質を処方された。
間質性肺炎かもしれないと言われた。初めて聞く病名だったのでピンとこなかった。
B総合病院では、処方された薬だけを飲むように指示されたので漢方薬は飲むのをやめた。
だから治ったのである。そのことはその時はわからなかった。
日ごとに回復し、最終的には非定型肺炎という診断だった。

ところが今年の3月にまた熱が出た。前回と同じ症状である。嫌な予感がした。
今度は呼吸器を専門にしているクリニックに言った。
はじめは「風邪でしょう」と言われたが、日ごとにひどくなった。
2回目の受診でレントゲンを撮って抗生物質を処方された。それでも熱が出て悪化し続けた。

ちょうどコロナの非常事態宣言がでる直前だった。時期が悪かった。
3回目の受診でCT検査をした。
医者から「抗生物質が効かないのはおかしい。大きな病院に入院するように」と告げられた。
医者はコロナ感染を疑っていた。仕方がないことだろう。

肺炎①

私は昨年の12月(令和元年)と今年3月(令和2年)に肺炎になった。
前月(11月)に父が他界していたので、肺炎は父が亡くなったことのストレスや葬儀後の疲れからだと思っていた。
実際は薬の副作用だったことが分かった。それも漢方薬の副作用である。

12月は風邪をこじらせたのだと思っていた。咳もひどかった。
内科でレントゲンを撮ってもらったが、肺炎ではないと言われた。

しかし症状は悪化し、別の内科でレントゲンを撮ってもらったが、肺炎ではないと言われた。
そこの内科の先生はレントゲンをみて私の心臓が大きいと言われた。私はその言葉にひっかかった。
心臓が大きい人は心臓に負担がかかって心臓が伸びている。脈拍も100を超えていた。
それでも風邪だろうということで、解熱剤と咳止めをもらった。
呼吸は苦しいし、体全体がだるいし、本当に大丈夫なのかと疑問だった。
私は自己判断で肺炎ではなく心不全かもしれないと思った。

今度は循環器を専門にしている内科で見てもらった。
先生は心電図をとってから血液検査をしましょう、と言われた。
そして血液検査の結果が異常値だと言われた。
すぐに総合病院で精密検査をしてもらうように言われた。
38度の熱が続いていて、肝機能も異常値だった。
立って歩くのがやっとだったので、救急車で運ばれて入院させてほしい心境だった。

いつまで続く偽閉経療法

またリュープリンのワンクールが終了しました。これから半年どうなっていくのか経過を見ます。

今まで何度かリュープリンを打ちましたが、あまり副作用もなく、体調は打った時の方が良かったです。

今回は副作用かもしれないなあと思うことがあります。それは膝の痛みと歯のかみ合わせの不調です。
リュープリンを打ってなくてもそれらの症状が出たかもしれないので本当のところはわかりません。
膝の痛みは今年の最初から、歯のかみ合わせの不調は先月からです。

厄年でもあるし不安な日々を過ごすことになりそうです・・・


骨壊死

昨年10月に骨挫傷という病気になった。昨年久しぶりにテニスをしていて左足の膝を挫いてしまった。
痛みが出て整形外科で見てもらってレントゲンをとり、MRIを撮って骨挫傷だと診断された。
水を抜いてもらって2~3回ステロイドやヒアルロン酸の注射をしてもらって治るのかと思っていた。
なかなか治らず先生から「しつこいねえ」と言われた。私もここまで長引くとは思っていなかった。
先日診察に行ったら「骨挫傷ではなくて骨壊死ですね」と言われてショックだった。
これからどんな経過をたどるのだろう?

今年は還暦の歳

2020年、私は還暦になる。
定年退職の歳になり、長年勤めてきた仕事も終わりになる。
この年でまだリュープリンを継続中である。
リュープリンをしている間は女性ホルモンが20以下になる。
リュープリンをやめて4~5か月くらいすると150~300くらいになる。
主治医の先生によると私みたいな人は初めてだそうだ。
もう祈るような心境である。


60歳目前のリュープリン

これは昨年のことである。
リュープリン6回目を終えてから5か月ほどたって、また筋腫が大きくなりお腹が張ってしまった。
それだけでなく足がむくみ、かなりひどくなった。利尿剤を飲んで体が楽になったが、大変うんざりした。
私はもともと生理前は便秘になったり、尿の出が悪くなり、体がむくむ体質だった。

リュープリンを打ってもらい、生理にもなり、体はとても楽になった。
先生は、もっと前に手術をしてさっさと取っておけばよかったなあ、と言われた。
ほんとうにその通りだと思う・・・

四十九日を終えて

父が昨年11月18日に永眠しました。93歳でした。
まさかその時とは思っていなかったので、とてもショックでした。急性心不全だったそうです。
父は徐々に弱っていって亡くなると思っていたので、最後は看取ることができると思っていました。
看護師さんの話によると、父は肺炎になったこともないので、苦しむこともなく、あっという間のことで、大往生だったそうです。
ただ父が亡くなったショックはとても大きく、葬儀が終り、仕事が一段落したとたんに、私が寝込んでしまいました。
熱が上がったり下がったりを繰り返して、咳き込みが酷くなり、総合病院で肺炎だと言われました。
その後検査を受けることになってしまいましたが、年末年始に休む時間がたっぷりあってよかったです。

看取り介護

先日、父の看取り介護の承諾書にサインをしたが、父がどれくらい生きられるのかはわからないそうだ。

父は一日に3回以上吸引してもらっているそうだが痰が絡んでいつもごろごろ言っている。食事のとろみはヨーグルト状でなはく、寒天状である。手足はほとんど動かず先の方は冷たい。食事以外はほとんど寝ている。最後まで自分の力で食べて、食べられなくなったら自然にまかせようと思う。自分で言葉を発することができなくても、聞こえているはずだ。

父の状態を見ていると、自宅や特養でなく介護医療院で良かったと思う。毎回むせてしまうので、自宅なら痰の吸引はむずかしいだろう。特養は看護師さんが一人しかいないし、夜間もいない。父のように痰がしょっちゅう絡んでしまうと対応できないと思う。介護医療院ではリハビリもしてくださるので、褥瘡もできにくくなる。

59歳に突入

先月59歳になった。6回目のリュープリンを打ってから3か月が過ぎた。
4か月までは今までも大丈夫だった。5か月目から急にお腹が張ってきて生理になっていた。
今回はどうなるのか?楽観的な先生はもう生理は来ないと思っているし、これで私が完全に閉経すると思っている。
私は生理がくるのかどうかよりも、お腹が張って苦しいことに耐えられないのだ。そして早く次のリュープリンを打ってほしいと願ってしまうのだ。
何よりお年を召した先生が倒れて診察ができなくなったらどうしようと思ってしまう。そうならないことを願うばかりだ。

介護職員初任者研修

母が歩けなくなり寝たきりになってから4年が過ぎ、5年目に突入した。5年も生きてくれるとは思っていなかった。
その間いろいろな施設を見学し勉強してきた。同じ名称の施設でも職員が違えば随分と変わることも感じた。家族としての願いや願望を伝えてもまったく取り合ってくれないところもあった。母を人として大切に扱ってくれないと感じるところもあった。
嫌な思いもしてきたが、意見を伝えるためにも、介護の基礎も知っておくことが大切だと思い、介護職員初任者研修を受講することにした。一緒に受講したメンバーが良かったので結構楽しく受講できた。終了試験を受けて来月に終了予定である。

へこんだお腹

リュープリンは、毎回お腹の左右に交互に打ってもらっている。
1.88の量だが、私には1回目から劇的な効果がある。すぐにお腹がへこむからだ。
先日、仰向けに寝転んでお腹を触診してもらった時に、先生が「本当にお腹がへこんですっきりしたね」と感心したように言われた。
リュープリンを休止したらお腹が膨れ上がり、リュープリン打つとお腹がへこむ、ということを半年ごとに繰り返してきた。
還暦まであと1年ちょっと、この年になると手術は避けたいのだが・・・

介護医療院

今年の3月から、病院の介護療養病棟が、介護医療院と言う名称に変わった。中身はほとんど変わらないのに・・・

私の父も母も、現在は介護医療院でお世話になっている。今月の上旬には車いすにのせてお花見に連れて行ってくれて、写真も撮ってくれた。

一週間ほど前に、父が39度以上の熱と嘔吐があったときも、迅速な対応で対処していただいた。看護師さんがいてくれるので夜中も安心だった。

特別養護老人ホームでは、救急の時は家族も呼び出されて付き添っていたから大変だった。特養も2つ経験したが、職員さんの態度や、ケアの内容は随分と違ったものだった。

介護医療院も、場所によってケアの内容は違うかもしれない。現在両親が入所している介護医療院は、毎日の体操の時間があり、理学療法士のリハビリがあり、レクリエーションがあり、看取りもしてくれる、夜中に看護師さんもいる。ほんとうにありがたいことだ!  

58歳と半年

この年で、まだ生理があるためリュープリンをしている。無排卵月経の生理である。

リュープリンを打ってもらって体がすっきりした。体重も元に戻った。食欲もでてたくさん食べる。体も軽い。リュープリンの副作用は、以前はとてもひどかったのに、今はリュープリンをしてもらった方が体調が良い。

それほど筋腫が大きくて圧迫されているのだ。女性ホルモンが戻ると苦しくて体もむくむ。

ほとんどの人がこの年齢になるまでに、さっさと手術していると思うので、私のような経験をしている人はほとんどいないと思う。

巨大筋腫を持った人が、60歳近くになっても手術しなければ、どうなっていくかは参考になるかもしれないが、早いうちにさっさと手術してとってしまうことをお勧めします!

ディナゲストで体重増加

ディナゲストを1日1錠ずつ服用することから始まった。
だんだんお腹の張りはひどくなり、体重が4kgほど増加した。
これがディナゲストの副作用なのか、生理前のお腹の張りのためなのかはわからない。
私は両方が原因であると思っている。
体重が増えると体を動かすのもしんどいものだ。そして悪循環になる。

先生に相談して、ディナゲストの量を1日2錠朝と晩に飲むことになった。
体調が良くなる感じはなく、私はひたすら生理が来ることを祈っていた。
生理が来ると相当な量の出血があり、体重が一気に減ることを経験しているからだ。
体がとても軽くなり、子宮内膜も厚くならないだろう、と考えられるからだ。

とにかく苦しいことを先生にお話しして、再度リュープリンを打ってもらった・・・

高い女性ホルモン値

リュープリンを打ってもらってから4か月までは順調だった。
その後前回と同じで、筋腫があっという間に成長して、すぐに腹腔内を占領し、胃まで圧迫するのに1週間くらいだった。

当然女性ホルモンの値が大きくなっているだろうと予想して、先生の所へ相談に行った。
とりあえず血液検査をして、結果を聞いた。FSH 3.63、エストラジオール 337 だった。

先生は、「あなたのような人は初めてやなあ、手術が一番いいけどねえ」 と言われた。
それから、「黄体ホルモン剤で様子をみましょう」と言われた。ディナゲストを一か月試すことにした。「今の段階で生理が来ていないんだから、生理が来なくなったことを閉経と言うこともできる」と言われた。

私としては、女性ホルモンの値は高いまま、生理が来ないのはとても不安である。内膜が増殖して、子宮体がんになる可能性が高くなる。本当に怖いなあと思った。

本年度のおみくじと運

元旦(昨日)に地元ではよく知られているお寺に、一人初詣に行った。
運動がてら自転車で行き(約15分)、境内までは往復2kmの道のりを歩いた。
ほとんどの人が連れと一緒で、歩きながら孤独感を感じた。

お参りした後、おみくじを引いたら凶だった。びっくりしてしまった。
というのも今までの長い人生で、一度も凶を引いたことがなかったからだ。
気が悪くなったので、もう一度おみくじを引いた。そうしたら、また凶がでたのだ。
さらに気がめいり、もう一度トライした。あろうことか3度目も凶だったのである。

こんな人いないのではないのか?よほど今年は悪いことが起きるのだろうと思った。
気を取り直して、凶以外が出るまで頑張ることにした。
さすがに4度目は吉だった。どっと疲れてしまった。

今年は心しておこう・・・・・

再度の要介護5

母の介護認定の更新時期が来て、本日結果が届いた。要介護5に戻っていた。

前回、要介護4になった時は本当にびっくりした。というのもその前2年間が要介護5で、状況は年々悪化していたからだ。

今回の認定は妥当だろう。驚いたことは、有効期間が3年間になっていたことだ。母はそんなに長く生きられるのだろうか?

母が弱っていく姿を見るのはとても悲しい。お別れするのはもっと悲しい。私が独身だから余計にそう思うのだろう。いずれ両親がなくなり一人になるのは本当に悲しく辛いことだ・・・

リュープリン後3か月目

最後のリュープリン6回目が終ってから、3か月が経過。

今のところ順調である。お腹はへこんだままだ。体全体は太ってきているが、お腹はへこんでいる。前回も4か月目までは問題なかった。今回も4か月目以降どうなるか、だろう。

お世話になっているT産婦人科に行き、経過を報告。「まだ血液検査は必要ないでしょう」と言われた。先生は、「もう閉経しているでしょう」と楽観的に言われた。今までと同じ、桂枝茯苓丸をもらって、来年また経過報告をすることになった。

とりあえず年末年始は快適に過ごせそうだ。