立場の逆転

父はデイサービスに週1度行っている。本人は行きたがらないが、お風呂に入ってもらわなければならない。私は、毎回、連絡帳を読んだり、下着の着替えや尿取りパッド等を用意して手提げかばんに詰める。

母は入院している。レンタル以外の下着や、ティッシュ等を持って行って、話かけたりして、体調を確認している。

私が幼い頃、幼稚園や小学校に行くときに、両親が毎日してくれていたことを、今、私が反対の立場で、しているように感じる。今、その時の幼い私を思いだしている。
長い年月が経ち、両親が衰えてしまったことが、信じられなくて、涙がでてしまう。

レンタルベッド返却

今年要介護3になった父は、自宅で過ごしている。
老人ホームや、ショートステイはしたくないと、言い張る。
父は今まで布団を畳の上に敷いて寝ていた。
しかし、布団から起き上がることや、布団にはいることが、とても困難だった。
私が、ベッドのレンタルを提案して、借りることになった。
父は最初は我慢していたらしいが、急に、ベッドではもう寝ない、と言い張った。
理由は、ベッドは牢獄にいるように感じるからだそうだ。
私が、ベッドの柵をはずそうか、というと、落ちそうで怖いと言う。
結局ベッドでさえ、受け入れることができない父なのだ。

生理の大量出血

6月24日から、生理になり、その大量さと異常さに驚いている。
早速、鉄分のサプリを飲んだ。
40cmのナプキンと生理用の紙パンツをしても、すぐに取り換えなければならない。
寝る時は防水シーツをして寝る。
こんなに大量ではまだまだ閉経しないように思う。私の身体はどうなっているのか?
これからお腹の張りはましになるだろう。
同じことを毎年繰り返しているようだが、実際は、毎年確実に悪化しているのである。

リュープリン6回目から約3か月

リュープリン注射の6回目を3月上旬に打ってもらってから、約3か月が過ぎようとしている。
2、3日前から、急に子宮が大きくなり、腹腔内を筋腫と子宮で埋め尽くしずっしりと重い。
眠っていた火山が突然爆発するような威勢だ。妊娠8か月くらいだろうか?
尿の出も悪くなり、体がむくみだす。また悪循環が始まり、あの苦しみを味わうことになる。

現在、56歳、9月に57歳になる。いつまで女性ホルモンが出るのか?
あの43歳の時に、筋腫の核出ではなくて、全摘していたら、今はどんなにハッピーだっただろう。当時は、子宮をとることなど想像もできないほと嫌なことだった。

現在、父も母も要介護状態である。あの時、じっくりと将来のことを考えるべきだった・・・

るいそう

母は再入院することになり、主治医が、中心静脈栄養、胃ろう、経鼻の選択肢のうち、中心静脈(IVH)を勧めた。
母はほとんど食べないし、食べるのも大変時間がかかるようになった。
このままでは栄養が足りなくなってしまうらしい。
IVHもほかの選択もすべて、手が拘束される。母にとってそのことは本当に良いことなのだろうか?
でも何もしなければ、お別れが早くなるということなのだろう。
母の最期が近づいてるということなのだろうか?

母の入院

母が約2年ぶりに入院した。2015年6月下旬に立てなくなって、急性期の病院に入院。
それから療養型病院に転院。その後ショートのロングステイを経て、特養に入居。
約半年後の今、また入院である。診断は気管支炎、呼吸不全である。痰が絡んで自力でだすのがむずがしい。
入院してから約1週間たち、容体は安定したそうである。しかし、母の体力は随分なくなったように思える。母には重い圧迫骨折があり、背中を丸めている。
延命措置はしないつもりだ。母にはもっと長生きしてほしいが、最期の時がきても、自然に逝ってほしいと願う。

訪問看護

父は2月から訪問看護を受けている。週に1度の訪問看護と週に一度のデイサービスである。

デイサービスは4時間だけだが、休むことがよくある。困ったものだ。急に寒い、調子が悪いというので、仕方がないが、入浴はデイサービスでしか入っていないのだ。

訪問看護では、血圧や体温の他に、リハビリや、髭剃りや、爪切りなどをしてもらっている。他にもいろいろなことをしてもらえるようだ。何よりも、24時間体制で、緊急時にも電話で対応してくれるので、安心である。

父は認知の低下が著しくなったように感じる。満91歳だが、できるだけ長生きしてほしい!

生理はいつまで続く?

リュープリンを、10月、11月、12月、1月の初旬に打ってもらった。2月の初旬は5回目になる。早いものだが、体調はとても良い。不思議なものである。

リュープリンを打っていない時のほうがはるかに調子が悪かった。体はむくんでくるし、お腹は妊婦さんのようになるからだ。
3月で注射が終わりになるかと思うと、つらくなる。今年は57歳になる。なんとか閉経までもちこせないものか、と願ってしまう。

私とほぼ同じ年の同僚は、1年半後に生理が復活したらしい。私の友達も2年後に生理が復活したと言っていた。
私の同僚は、婦人科に行って、体癌検診を受けた結果、何もなかったらしい。しかも検査は全然痛くなかったらしい。ベテランのお医者さまだなあ、と思った。
そのお医者さまによると、60歳くらいまでの出血は生理の可能性もあるが、60歳を過ぎると体癌の可能性が高くなるらしい。(あくまでそのお医者様の見解なので、すべての人にあてはまらないことをご理解下さい)

閉経状態になっている今、体調は良いが、お肌はかさかさ、髪はばりばり、手の血管は浮き出ている、物忘れがひどい、などの症状はでている・・・

介護にまつわる1年間

父はこの1年間に4回も救急車のお世話になった。
3月に心原性脳梗塞、8月に熱中症、11月に転倒とインフルエンザである。付き添いは時間だけでなく、精神的にも疲れた。

母は医療療養型病院から、長期のショートステイを経て、特別養護老人ホームに入所した。

その間、私は巨大子宮筋腫のリュープリンを半年ごとに打った。医者は手術を受けたらどうか、と勧める。

この状態でも、仕事はやめたくない。
父は毎朝、私が「仕事にいってくるよ」と声をかけると「調子が悪い。今日は休んでくれ」と言う。
父は、デイサービスを週に1度、4時間だけ行っている。それもしんどくていけないと言う。ショートステイや訪問看護、訪問診療を考えたいが、すべての手続きは本当に時間と労力がかかるのだ。

父の介護

11月になって、父が家のまわりを散歩していた時に、転倒し、救急車で運ばれた。CT検査をして、頭に異常はなく、帰宅できた。

その1週間後にインフルエンザになって、立てなくなり、また救急車のお世話になった。
やっと平熱に戻ったが、熱があるときは、なかなか立てなくて、トイレにも行けない。
父は太っているので、介助や介護にも限界がある。おむつをかえるのも大変だ。

せっかくの、休日や土日に仕事の疲れもとれないまま、介護をしている自分がいる。
父に老人ホームを勧めてみると、まずはショートから試したい、と言ったので、以前よりは、拒否が少なくなったようだ。

二回目のリュープリン

10月3日に生理になり、10月8日にリュープリン1回目。
フレアーアップは10月19日から一週間。
その後お腹の圧迫感は劇的にましになった。
11月7日にリュープリン2回目。
体調は本当によくなった。尿もたくさん出る。おかげでやせた。
これから半年はなんとかなるだろうけれど、その後はどうしよう。
現在56歳。今までだらだらと待ち続けた。
子宮筋腫だけなら、と思いつつも、あまりにも大きい筋腫が恐ろしい。

またしてもリュープリン再開

昨年10月にリュープリンを開始して、今年の3月下旬に終了した。
4か月後の、7月中旬に軽い生理がきて、もうすぐ閉経かな、と思ったけれど、8月中旬は大量の生理、10月の初旬に、また大量の生理。10月は生理が終っても、筋腫は大きく、仰向けに寝ても、大きなスイカがドカーンと飛び出ているような状態だ。

主治医の先生は信じられないと言った表情だった。筋腫持ちは閉経が遅いと、私が言ってもあまり納得してもらえなかった。

セカンドオピニオンをする気にはあまりなれない。一度目の手術から、もう13年になり、その間、他の医院でも診てもらったからだ。そしておそらく言われることは同じだろう・・・それは手術をしたほうがいいよ、という言葉である。

母は特養にいるとしても、父を在宅で介護している状況で手術は無理だ。父はショートステイさえも嫌がる。何も不安がなくても、私の手術の付き添いにも困る状況である。本当に綱渡り状態だ。とにかくもう一度リュープリンを再開することにした・・・

偽閉経中止後3回目の生理

偽閉経療法をやめてから、3回目の生理が10月3日に突然来た。

今日は2日目で、前回と同じく驚くほどの大量の経血だった。

今日仕事場で、椅子に座っていると、1時間くらいで、椅子が赤く汚れてしまい、立った時にびっくりしてしまった。誰にも気づかれずに、着替えをした (ノД`)・゜・。

あれほどパンツ形の使い捨ての生理ショーツと生理綿をして、スパッツまで、はいていたのに・・・黒のスカートにしておいてよかった・・・こんなに出血して、よくふらふらせずに立っていられるなあ、と感心している。

経血したおかげで、ずいぶんと体はすっきりして、動きやすくなり、お腹もはりがましになった。

先月56歳になったが、閉経への道のりはまだ遠いのか・・・

特養入所

昨日、母が特養に入所した。
ロングのショートステイを3か月してから、入所が決定した。
階や部屋の指定もできなかったけれど、母は特養に入ったこと、場所が変わったことすら、わからないと言う。
70人が入っているその特養は、棟や階によって雰囲気が微妙に違い、介護する人間も違う。

私は、今、父を自宅で介護中だが、要介護1とは思えないほど、認知の低下が進んでいるように思う。父は老人ホームには絶対に入りたくないと、言っているが、働きながら、介護しなければならない私のことも考えてほしい。

偽閉経中止後2回目の生理

1回目は7月11日から5日間、毎日少量で終わってしまった。
2回目は8月18日に突然始まった。今回も少量を期待していたが、2日目の今日、夜中にシーツを汚してしまい、大量出血になった。大変がっかりした。そのうえ、車を運転した後、運転席の座席まで汚してしまった。もうびっくりである。
もうすぐ56歳になる私が、いまだに生理が大量出血である。この生理が排卵の起こっていない、無排卵出血であることは確かである。一応基礎体温を測っているから・・・

綱渡り

私は、今、綱渡り状態である。
母が要介護5で、父が要介護1である。母はロングのショートステイ、父は自宅療養である。
父は今月の初めに体調をくずしてから、デイケアとデイサービスは、どちらも、週1回ずつ、10時から2時まで、4時間だけ行くことになった。9時から4時までは、疲れてしまうそうだ。
私が定年まで働くことは、やはり無理なことなのだろうか・・・

生理?不正出血?

リュープリンの偽閉経療法を終えてから、いつものように2か月半ほどで、お腹が苦しくなったので、主治医に相談した。主治医は、再度のリュープリンは、まだ開始できないと言われ、しっかりと漢方の桂枝茯苓丸を飲むように言われた。

そうしているうちに、生理(?)になり、5日間ほど続いて、量も少なく終わってしまった。過多月経で7~10日続いていた、今までとは明らかに違う。それ以降、お腹の張りも少なくなり、苦しいと思わなくなったのである。来月の生理はどうなるのだろうか?

圧迫感の増加

私の子宮筋腫は年々悪くなっている。偽閉経療法をしている時だけが、体調が良い。本当は偽閉経療法をすると、副作用に悩まされるはずなのに、そのことよりも、筋腫の膨満感や圧迫感の方がとても苦しいのである。それだけでなく、頻尿になり、トイレに行くと、少しだけしかでなかったり、残尿感がある。こんなことが続くのはよくないだろう。
今は母と父のことがあるので、手術はできないと思ってしまうけれど、こんな時、後押ししてくれる誰かがいてほしいなあ、と思う。

デイケア

あれから一か月が過ぎ、父が急性期の病院に1か月、回復期リハビリ病院に1か月入院してから、自宅に戻ってきた。本当はもっとリハビリ病院でリハビリできたのに、父が家に帰りたいと強く望んだのだ。
今はデイケアに週に3回通っている。デイケアは入浴も昼食もリハビリもしてくれる。父には合っているようだ。デイケアとデイサービスの違いも分かった。このブログも介護のブログになってしまいそうである。

ダブル介護?

現在、母が要介護5で、寝たきりである。
その後、父も、脳梗塞になり、入院。要支援1から要介護1になった。父はもっと介護度が上がると思っていたので、正直なところびっくりした。

いづれにせよ、私の子宮筋腫どころではなくなった。仕事が続けられなくなるかもしれない。歳をとるにつれて、身動きできなくなっていくようだ。自分の老後がとても不安である。