お盆の蝉

前回の続き話になるが、あれから何日たっただろうか? 自宅の庭の駐車場と自転車置き場の間の空間に蝉が一匹死んでいた。 立派な大きさの蝉でとてもきれいな姿だった。 父がやはり家にきてくれたんだと思った。 その蝉を庭の畑に埋めて「来年も来てね」とお祈りをした。
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初盆

父が昨年11月に亡くなり今年初盆の法要を行った。父が大好きだったスイカをお供えした。 昨日(8月14日)の夜中近くに、玄関前で虫のなく声とその虫が玄関をドンドンたたく音が聞こえた。 実際に虫が玄関をたたくはずはない。それは玄関に何度も体当たりをしている音だった。 「何の虫だろう?もしかしてお父ちゃん?」と嬉しくなった。 まるで「お父ちゃんやで、帰って来たで」と言っているように聞こえた。 でも真夜中に玄関を開ける勇気はなかったので、しばらくしてから二階の自分の部屋に戻った。 ベランダのところで、またその虫のなく声と窓ガラスをたたく音がする。 そっと近づいてみた。蝉だった。その蝉は静かに声も立てずに長い間そこにいてくれた。 「お父ちゃん、帰ってきてくれたのね。ありがとう。来年も帰ってきてね」と声をかけた。 私が見つめている間は動くことなくじっとそこにいてくれた。 まるで本当に父の魂が蝉に宿っていたような気がする。一年後ではなく頻繁に戻ってきてほしい。
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四十九日を終えて

父が昨年11月18日に永眠しました。93歳でした。 まさかその時とは思っていなかったので、とてもショックでした。急性心不全だったそうです。 父は徐々に弱っていって亡くなると思っていたので、最後は看取ることができると思っていました。 看護師さんの話によると、父は肺炎になったこともないので、苦しむこともなく、あっという間のことで、大往生だったそうです。 ただ父が亡くなったショックはとても大きく、葬儀が終り、仕事が一段落したとたんに、私が寝込んでしまいました。 熱が上がったり下がったりを繰り返して、咳き込みが酷くなり、総合病院で肺炎だと言われました。 その後検査を受けることになってしまいましたが、年末年始に休む時間がたっぷりあってよかったです。
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看取り介護

先日、父の看取り介護の承諾書にサインをしたが、父がどれくらい生きられるのかはわからないそうだ。 父は一日に3回以上吸引してもらっているそうだが痰が絡んでいつもごろごろ言っている。食事のとろみはヨーグルト状でなはく、寒天状である。手足はほとんど動かず先の方は冷たい。食事以外はほとんど寝ている。最後まで自分の力で食べて、食べられなくなったら自然にまかせようと思う。自分で言葉を発することができなくても、聞こえているはずだ。 父の状態を見ていると、自宅や特養でなく介護医療院で良かったと思う。毎回むせてしまうので、自宅なら痰の吸引はむずかしいだろう。特養は看護師さんが一人しかいないし、夜間もいない。父のように痰がしょっちゅう絡んでしまうと対応できないと思う。介護医療院ではリハビリもしてくださるので、褥瘡もできにくくなる。
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介護職員初任者研修

母が歩けなくなり寝たきりになってから4年が過ぎ、5年目に突入した。5年も生きてくれるとは思っていなかった。 その間いろいろな施設を見学し勉強してきた。同じ名称の施設でも職員が違えば随分と変わることも感じた。家族としての願いや願望を伝えてもまったく取り合ってくれないところもあった。母を人として大切に扱ってくれないと感じるところもあった。 嫌な思いもしてきたが、意見を伝えるためにも、介護の基礎も知っておくことが大切だと思い、介護職員初任者研修を受講することにした。一緒に受講したメンバーが良かったので結構楽しく受講できた。終了試験を受けて来月に終了予定である。
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介護医療院

今年の3月から、病院の介護療養病棟が、介護医療院と言う名称に変わった。中身はほとんど変わらないのに・・・ 私の父も母も、現在は介護医療院でお世話になっている。今月の上旬には車いすにのせてお花見に連れて行ってくれて、写真も撮ってくれた。 一週間ほど前に、父が39度以上の熱と嘔吐があったときも、迅速な対応で対処していただいた。看護師さんがいてくれるので夜中も安心だった。 特別養護老人ホームでは、救急の時は家族も呼び出されて付き添っていたから大変だった。特養も2つ経験したが、職員さんの態度や、ケアの内容は随分と違ったものだった。 介護医療院も、場所によってケアの内容は違うかもしれない。現在両親が入所している介護医療院は、毎日の体操の時間があり、理学療法士のリハビリがあり、レクリエーションがあり、看取りもしてくれる、夜中に看護師さんもいる。ほんとうにありがたいことだ!  
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再度の要介護5

母の介護認定の更新時期が来て、本日結果が届いた。要介護5に戻っていた。 前回、要介護4になった時は本当にびっくりした。というのもその前2年間が要介護5で、状況は年々悪化していたからだ。 今回の認定は妥当だろう。驚いたことは、有効期間が3年間になっていたことだ。母はそんなに長く生きられるのだろうか? 母が弱っていく姿を見るのはとても悲しい。お別れするのはもっと悲しい。私が独身だから余計にそう思うのだろう。いずれ両親がなくなり一人になるのは本当に悲しく辛いことだ・・・
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介護病棟

この前の夏まで自宅で過ごしてきた父は、ヘルペスになって入院して一般病棟に入った。要介護3だった。父は、先月母と同じ介護病棟に移動することができた。二人が同じところにいてくれてお見舞いにいくのも楽になった。 今まで老健も含めてたくさんの介護施設を見学した。実際に両親が入所した施設は、医療療養病棟、介護療養病棟、特別養護老人ホームが2施設とショートステイである。見学するだけでは実態が把握できないところもあり、介護士さんや看護師さんの質で大きな違いがあった。 今、両親が入所している介護療養病棟は、一応満足できている。談話室があり、みんなが集まってテレビをみれるし、一緒に食堂で食べることができる。専門の理学療法士のリハビリも週に2、3回実施してくれる。毎日ラジオ体操や、口腔体操を行ってくれる。一人一人に合わせた介護をしてくれているし、何よりも病院内なので、医者や看護師の数が多いので安心である。 二人とも確実に弱ってきていて悲しいけれど、穏やかに過ごすことができているようだ。
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介護療養型医療施設

このブログは、本当に介護のブログになってしまいそうだ。 母はあれから特養にはもどらず、介護療養型の病院に入院している。特養と同様、看取りまでしてもらえる。前の特養には戻りたくなかった。母が大切に扱われている感じがなかったからだ。 K病院の介護療養型に入院して正解だった。リハビリは週に3回してもらえるし、職員さんの態度も良いからだ。飲まない食べないの母を毎食30分かけて世話して、食べさせてくれている。本当にありがたいことだ。 実は、父も7月下旬からK病院の一般病棟に入院しているのだが、リハビリの職員さんは車いすを移動して、母と父を会わせてくれている。 これから父がどうなっていくかが問題である。とりあえず老健に申し込みをした。
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脱水で入院

連日の驚くような猛暑の中、特養に入居していた母が、脱水で入院した。 症状は、おう吐と発熱だったが、施設の職員は、誤嚥性肺炎を疑って、母を病院に受診させた。脱水と診断されたのは、血液検査などをしてわかったことだ。 特養に入居してから、背中や腰が赤く紫色になっていたので、病院で治療してもらえてよかった。 母はほとんど食べず飲まなくても、今までは喋ってくれていた。今は喋るのもしんどいらしく、うなずくだけだ。 母には痛みや苦しみができるだけないことを希望している。
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2回目の医療療養型から特養へ

母が、5月25日に医療療養型から特養へ入居した。ちょうど2年前にも医療療養型から、特養へ入居したので、2回目である。 前回は、T特養に入居した。母はそこでの生活を楽しんでいたが、気管支炎と呼吸不全になって、昨年入院した。中心静脈の点滴をするほどだったが本当によく回復したと思う。 K病院から、S病院に転院し、すぐに導尿をはずしてもらい、徐々に経口摂取をさせてくれた。S病院のK先生には本当に感謝している。自力で食べることができない高齢者が中心静脈をすれば、はずすことがむずかしいからだ。 特養は2回目になるが、前回とは違う特養だ。今回のK特養は前回のT特養とは全然ちがうなあ~と感じた。職員の士気がないというのを感じる。 S病院ではしっかりと母の栄養管理をしてもらえた。母は食べることを拒否するが、拒否するから、食べさせられないと言われたら、家族はどうすればよいのか? 同じ療養型でも、特養でも、ずいぶんと違うなあと感じた・・・
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中心静脈から経口摂取へ②

母は、現在の病院では、IVHが外れ、とても穏やかな生活を送っている。以前よりも笑うようになり、表情も明るくなった。 高齢者は衰弱して当り前とみる腐れ病院にいた時は、リハビリすると言いながら、こちらが指摘するまで、何もしてくれなかった。そしてたったの二週間で、褥瘡まで作ってしまった。 元気になって、特養に戻れることができれば嬉しい。母の様態がいつまで安定した状態を保てるかわからないけれど、車いすに乗って、普通の生活をしながら、心穏やかな最期を迎えることを願っている。
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中心静脈栄養から経口へ

母は、あれから、また転院して家から近い、医療療養型の病院に入っている。リハビリはないものの、満足している。病室は掃除が行き届いていてとても綺麗である。 今日、病院に行ったら、病棟スタッフが患者一人一人にクリスマスメッセージを書いて病室においてくれていた。 病室のドアには、クリスマスリースをかけてくれている。さらに、スタッフがサンタの格好をして病室を回ってくれていた。 母は何のことかわからなかったけれど、私はとても良い気持ちになった。 一か月ほど前、主治医に尿道バルーンを抜いてほしいとお願いしたら、「やってみましょう」と言って抜いてくれた。母はすぐにおむつに尿が出たそうだ。とても嬉しかった。そして徐々に経口摂取に移行してくれて、現在、中心静脈を外している。とても嬉しいことである。 病院によって、患者の体調も変わるのかもしれない。
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延命治療について2

医療療養型の病院をいくつか見てきて、延命治療の実態を知ることができた。 経鼻栄養や、胃ろうをしている人、人工呼吸器をしている人は本当に本人が望んだのだろうか? 多くの患者は、寝たきりであるばかりでなく、一言もしゃべることもできない。寝返りを打つこともできない。うめくような声を発したり、苦しそうにずっと痰をからませて、身動きすらできない。ナースコールなどは当然使えない。お見舞いに来る家族は、患者をみて何を思うのだろう?なぜ医者や看護師に少しでも楽になるようにと、お願いしたり、話をしたりしないのだろう? 医者は、なぜ栄養の量を調節して、痰を少なくしてあげないのだろう? 私は延命治療は絶対にしたくない。 母は食べないし、飲まないので、仕方なく高カロリー輸液をしている。まだ母とは会話ができる。毎回苦しいところはないか、痛みがないかを聞いている。母が笑ってくれる時が一番うれしい!
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延命治療について

母が、昨日転院した。 母が寝たきりになってから、3年目に突入した。 長期のロングステイと特別養護老人ホームへの入所が10か月、病院はこれで4つ目になる。ほとんど食べることや飲むことができなくなってしまった。 どの病院でも、延命治療のことについて聞かれる。 人工呼吸器や心臓マッサージのことについては、全く無知だった。 人工呼吸や、マッサージという言葉は、大きな誤解を生じる言葉だと思う。 母は認知症でも、まだなんとか理解できると思ったので、説明をしてあげた。 やはり、母は胃ろうも、人工マッサージも、人工呼吸器も望んではいない。 中心静脈栄養は母も了承したことだが、穏やかな、最期になることを祈るばかりだ。
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立場の逆転

父はデイサービスに週1度行っている。本人は行きたがらないが、お風呂に入ってもらわなければならない。私は、毎回、連絡帳を読んだり、下着の着替えや尿取りパッド等を用意して手提げかばんに詰める。 母は入院している。レンタル以外の下着や、ティッシュ等を持って行って、話かけたりして、体調を確認している。 私が幼い頃、幼稚園や小学校に行くときに、両親が毎日してくれていたことを、今、私が反対の立場で、しているように感じる。今、その時の幼い私を思いだしている。 長い年月が経ち、両親が衰えてしまったことが、信じられなくて、涙がでてしまう。
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レンタルベッド返却

今年要介護3になった父は、自宅で過ごしている。 老人ホームや、ショートステイはしたくないと、言い張る。 父は今まで布団を畳の上に敷いて寝ていた。 しかし、布団から起き上がることや、布団にはいることが、とても困難だった。 私が、ベッドのレンタルを提案して、借りることになった。 父は最初は我慢していたらしいが、急に、ベッドではもう寝ない、と言い張った。 理由は、ベッドは牢獄にいるように感じるからだそうだ。 私が、ベッドの柵をはずそうか、というと、落ちそうで怖いと言う。 結局ベッドでさえ、受け入れることができない父なのだ。
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るいそう

母は再入院することになり、主治医が、中心静脈栄養、胃ろう、経鼻の選択肢のうち、中心静脈(IVH)を勧めた。 母はほとんど食べないし、食べるのも大変時間がかかるようになった。 このままでは栄養が足りなくなってしまうらしい。 IVHもほかの選択もすべて、手が拘束される。母にとってそのことは本当に良いことなのだろうか? でも何もしなければ、お別れが早くなるということなのだろう。 母の最期が近づいてるということなのだろうか?
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母の入院

母が約2年ぶりに入院した。2015年6月下旬に立てなくなって、急性期の病院に入院。 それから療養型病院に転院。その後ショートのロングステイを経て、特養に入居。 約半年後の今、また入院である。診断は気管支炎、呼吸不全である。痰が絡んで自力でだすのがむずがしい。 入院してから約1週間たち、容体は安定したそうである。しかし、母の体力は随分なくなったように思える。母には重い圧迫骨折があり、背中を丸めている。 延命措置はしないつもりだ。母にはもっと長生きしてほしいが、最期の時がきても、自然に逝ってほしいと願う。
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訪問看護

父は2月から訪問看護を受けている。週に1度の訪問看護と週に一度のデイサービスである。 デイサービスは4時間だけだが、休むことがよくある。困ったものだ。急に寒い、調子が悪いというので、仕方がないが、入浴はデイサービスでしか入っていないのだ。 訪問看護では、血圧や体温の他に、リハビリや、髭剃りや、爪切りなどをしてもらっている。他にもいろいろなことをしてもらえるようだ。何よりも、24時間体制で、緊急時にも電話で対応してくれるので、安心である。 父は認知の低下が著しくなったように感じる。満91歳だが、できるだけ長生きしてほしい!
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介護にまつわる1年間

父はこの1年間に4回も救急車のお世話になった。 3月に心原性脳梗塞、8月に熱中症、11月に転倒とインフルエンザである。付き添いは時間だけでなく、精神的にも疲れた。 母は医療療養型病院から、長期のショートステイを経て、特別養護老人ホームに入所した。 その間、私は巨大子宮筋腫のリュープリンを半年ごとに打った。医者は手術を受けたらどうか、と勧める。 この状態でも、仕事はやめたくない。 父は毎朝、私が「仕事にいってくるよ」と声をかけると「調子が悪い。今日は休んでくれ」と言う。 父は、デイサービスを週に1度、4時間だけ行っている。それもしんどくていけないと言う。ショートステイや訪問看護、訪問診療を考えたいが、すべての手続きは本当に時間と労力がかかるのだ。
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父の介護

11月になって、父が家のまわりを散歩していた時に、転倒し、救急車で運ばれた。CT検査をして、頭に異常はなく、帰宅できた。 その1週間後にインフルエンザになって、立てなくなり、また救急車のお世話になった。 やっと平熱に戻ったが、熱があるときは、なかなか立てなくて、トイレにも行けない。 父は太っているので、介助や介護にも限界がある。おむつをかえるのも大変だ。 せっかくの、休日や土日に仕事の疲れもとれないまま、介護をしている自分がいる。 父に老人ホームを勧めてみると、まずはショートから試したい、と言ったので、以前よりは、拒否が少なくなったようだ。
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特養入所

昨日、母が特養に入所した。 ロングのショートステイを3か月してから、入所が決定した。 階や部屋の指定もできなかったけれど、母は特養に入ったこと、場所が変わったことすら、わからないと言う。 70人が入っているその特養は、棟や階によって雰囲気が微妙に違い、介護する人間も違う。 私は、今、父を自宅で介護中だが、要介護1とは思えないほど、認知の低下が進んでいるように思う。父は老人ホームには絶対に入りたくないと、言っているが、働きながら、介護しなければならない私のことも考えてほしい。
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綱渡り

私は、今、綱渡り状態である。 母が要介護5で、父が要介護1である。母はロングのショートステイ、父は自宅療養である。 父は今月の初めに体調をくずしてから、デイケアとデイサービスは、どちらも、週1回ずつ、10時から2時まで、4時間だけ行くことになった。9時から4時までは、疲れてしまうそうだ。 私が定年まで働くことは、やはり無理なことなのだろうか・・・
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デイケア

あれから一か月が過ぎ、父が急性期の病院に1か月、回復期リハビリ病院に1か月入院してから、自宅に戻ってきた。本当はもっとリハビリ病院でリハビリできたのに、父が家に帰りたいと強く望んだのだ。 今はデイケアに週に3回通っている。デイケアは入浴も昼食もリハビリもしてくれる。父には合っているようだ。デイケアとデイサービスの違いも分かった。このブログも介護のブログになってしまいそうである。
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ダブル介護?

現在、母が要介護5で、寝たきりである。 その後、父も、脳梗塞になり、入院。要支援1から要介護1になった。父はもっと介護度が上がると思っていたので、正直なところびっくりした。 いづれにせよ、私の子宮筋腫どころではなくなった。仕事が続けられなくなるかもしれない。歳をとるにつれて、身動きできなくなっていくようだ。自分の老後がとても不安である。

母との会話

母は体調が良くないという。食欲もほとんどない。もう自分はいないものだと思っておいてほしいと言われた。とても悲しくなる。 でもリハビリは頑張ってほしい。そうでなければ、車いすにものれない。寝たきりで移動は、ストレッチャーというのは難しい。 今日、病院で、母と私は最後の最後まで会話を楽しもうね、といって別れた。 こうやって家にいる時に電話して会話をしたいのに、できないのは悲しい。 でも母がいなくなると永遠にできなくなる。それは本当に悲しく辛いことである。
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特養・老健

母は要介護5に認定されてしまった。介護保険の調査員さんは、すべてのことに介護が必要な状態ですね、と言われた。 今年の1月は要介護1だったのに、本当にあっと言う間に転がり落ちてしまった。 母が、先月、急性期の病院に入院してから、長期療養型の病院、特養、老健等を見学した。何もかもが、初めての体験で、びっくりするやらショックなことが多かった。
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車いす

母がもうすぐ転院する。 それに向けて車いすに乗る練習を理学療法士がしてくれている。母が、車いすに乗れたことはとても嬉しかった。もちろん誰かの介助を必要とするけれど、座っている母を見れるのは嬉しい。 母は最近いつも笑っている。笑えるということはまだ元気なのだと思う。それに点滴をしていないことがうれしい。食べる量は本当に少ないけれど、自分の力で何とか飲食できていることは生命維持にとって大切なことだと思う。 たとえ寝たきりでも母にはできるだけ長生きしてほしい。いつも深い愛情で慰めてくれる。それに、困った時は私の師匠なのだ。母のアドバイスはいつも的確で、完璧だ。本当に素晴らしい母である。
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母と一緒

母の食欲がなくなり、入院してから2週間が過ぎた。 38度台の熱があり、その原因を検査してもらっているが、尿路感染症の疑いがあるらしい。 実際のところ、主治医の先生もはっきりとわからないようだ。 熱が続くと若い人でもしんどいのに、高齢の母はとても体力を消耗しているように思える。 昨日は母と一緒の病室で寝た。母は本当にとても喜んでいた。昨夜は、家に母と一緒にいる時のように会話を楽しんだ。私も母も、夜に一緒にいるというだけで嬉しかった。 家にいた時は、何気ない会話をしていて、私は、いつも母の意見や考えを参考にしていた。 あのしっかり者の母はもういなくなるのかなと思うと、とても悲しく、言葉では言い表せないほど辛くなる・・・
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